こんにちは。二夕見宇兎丸です。
死にかけの蝉なのか、死んでいる蝉なのか。
日々突きつけられる究極の二択に悶えています。
ADHDの頭の中の感覚って、ちょうど蝉時雨に似ているのです。
もちろん、これはあくまで僕自身の感覚なので、
ADHDの方全員に当てはまるわけではありません。
ジャワジャワと蝉が鳴いていると、とても騒がしいですよね。
だからといって、考え事ができなかったり、
会話ができなかったりするわけではないと思います。
ただ、普段なら自分の名前を呼ばれればすぐに気づけるのに、
蝉時雨の真っ只中では、少し気づくのが遅れることはありませんか?
騒がしい環境でも、自分の名前など重要な音は自然と耳に入ってくる。
このような心理現象を「カクテルパーティー効果」と呼ぶそうです。
皆さんも身に覚えがあると思います。
ヒソヒソ話の中で自分の名前だけが際立って聞こえたり、
雑踏の中でも友達が自分を呼ぶ声にはすぐ気づけたり。
しかし、このような音の選別が難しく感じられる人もいます。
僕の場合、
イヤーマフを付けなければ生活できないほどではありませんが、苦手な音があります。
それは、バラエティ番組や教室のような、
「意味のある音」が入り乱れる環境です。
父がバラエティ番組をよく見ているのですが、正直かなりつらいです。
最近では本気で耳栓を買おうか検討しています。
父はテレビをつけっぱなしにしたまま話しかけてくることが多いのですが、
話しかけられていること自体には気づけるのです。
問題は、その声に集中し続けることです。
たくさんの音の中から必要な音だけを探し出し、
それを聞き続ける。それが僕にはとても難しいのです。
聴覚過敏がそこまで強くなくても、ADHDの特性も相まって集中できず、
話の内容がほとんど頭に入らないことがあります。
頑張って父の声を聞こうとしても、
テレビの芸人さんの声ばかり耳に入ってしまったり、
料理をしている母の生活音に意識が向いてしまったりします。
こういう時は、父にテレビの音量を下げてもらうようお願いしています。
消してはくれないので。
もともと頭の中が騒がしいのに、
さらに現実の音でも埋め尽くされてしまうと、本当にしんどいです。
考えがまとまらなくなる原因にもなります。
感覚としては、テスト中に鉛筆の音がやたら大きい人が近くにいる感じです。
動作の一つひとつが大きくて気になってしまい、
「今どこまで解いたんだろう」「もう裏面に入ってるの?」などと、
問題どころではなくなってしまうことはありませんか?
とにかく集中できない。気になる。
頭の中が様々な考え事で散らかってしまい、いつもキャパオーバー寸前なのです。
僕の場合は、服薬によってかなり軽減されました。
それでも、体調やストレスによって頭の中がガヤガヤする日はあります。
アレルギーをお持ちの方なら、寝不足の日は症状がひどくなる、
といった経験があるかもしれません。
発達障害による困りごとも、僕の感覚では少しアレルギーに似ています。
総合的なコンディションが大きく影響するのです。
少なくとも僕が自覚している、
集中力の脆弱さ、行動上のこだわり、視覚過敏、聴覚過敏は、
体調やストレスの影響を強く受けます。
嫌いな人と一緒にいると強くなり、安心できる環境では少し和らぎます。
だからこそ、
「この間は平気だったじゃん」とか、
「できないフリなんじゃない?」
「甘えじゃない?」
という言葉は、発達障害をはじめ、
さまざまな特性を持つ人にとって特に言われたくない言葉だと思っています。
うるさい父についても、いつか改めて掘り下げて書いてみようと思います。



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