兎角日記〜愛着障害の切なさ〜

兎角日記

※この記事は2024年に執筆したものを、一部表現を整えて再掲載しています。当時は小学校の臨時的任用教員として勤務していたため、本文中の肩書きや立場は当時のものです。


こんにちは。
二夕見宇兎丸です。

ここのところジメジメした日が続いて、少し気が滅入ります。

今日は愛着障害について、思うことをちらほら書いていこうと思います。

愛着障害。
改めて考えると、すごいネーミングですよね。
しかもその中身は多岐にわたるわけですから、
皆さんの中にも部分的にはチェック項目に当てはまる方がいらっしゃるかもしれません。

僕自身も何某かの愛着障害ではないかと、自分で自分を疑っております。
もっとも客観視が難しいですから、なんとも言えないのが現状です。

調べたところによると、
愛着障害の診断名としては
「反応性アタッチメント障害」と「脱抑制型愛着障害」
の2つがあるそうです。

いずれも5歳までに発症し、
養育者へ安心や慰めを求めて抱きついたり、
泣いたりといった行動がほとんど見られなかったり、
無表情であったり、他の子どもとの交流が見られなかったりするのが
反応性アタッチメント障害。

誰彼構わず甘えたり、抱きついたり、
落ち着きがなく、時には暴力的であったりするのが
脱抑制型愛着障害だそうです。

無論僕は医者ではないので、
これらの知識があったとて、それを踏まえて
対象との接し方を多少改める程度のことしかできません。

しかし仕事柄、そういった現象に遭遇することが多いように感じます。

僕は駆け出し教員です。
今勤めている小学校でも当然新参者なのですが、
子どもたちの中に異常なまでに懐っこい子がいます。

児童Aとしましょう。

彼女は最高学年でありながら非常に無邪気で、
全校朝会で会ったきりの、ほぼ初対面の僕に授業で会った際、小突いてきたのです。

小突くくらいなら大したことではない、と思うかもしれません。
しかし、やたら体の距離が近く、スパーリングのような感じで、
いたずらっぽい笑顔を浮かべながら甘えてくるのです。

同じクラスの他の児童が挨拶をする程度にとどまっているのに対し、
彼女の絡み方には少し違和感がありました。

特別話すわけでもなく、「うぇいうぇい」と絡むだけなのです。

そんな中で、Aが毎回合唱の楽譜を忘れてくることに気づきました。
他の児童がそれを指摘し、次こそ持ってくるよう伝えても、結局持ってきません。

どうやら紛失してしまっているようでした。

小学生ならよくあることですから、
正直に名乗り出て新しい楽譜をもらえばいいものを、Aはそれを恥ずかしがります。

私の受け持ちは音楽で、教員2人体制で授業を行うことが結構あります。
中堅の音楽教員がメインで授業を進行し、
僕が落ちこぼれや浮きこぼれの児童に対応する、といった具合です。

私がサブの授業の日、ふと教室を見渡すとAがいません。

「むむ」と思い教室を巡回すると、
ライドシンバル(ドラムにある傘のようなシンバル)の陰に、
小さくなって隠れていました。

なぜ隠れているのか、楽譜を忘れてしまったのかを問うと、
小さくはにかみながら頷きます。

メインの先生に事情を話し、新しい楽譜をもらいに行くよう促すも、
非常に躊躇していました。

結局、僕の楽譜を貸し出すことでAは難を逃れました。

しかし僕が「次回はちゃんと持ってくるか、先生に新しいものをもらいなさい」
と忠告すると、翌授業では始まる前にひょっこりメイン教員のもとへ現れ、
楽譜をもらっていました。

また、別の学年でも気になる子がいます。

児童Bとしましょう。

彼は4年生ですが、授業に対して非常に消極的で非協力的です。

僕が着任する前は寝転がったり、
教室から飛び出してしまうこともあったそうで、
最初に聞いた時は驚きました。

もっとも、僕が着任してからは上の空ではあるものの、
授業にはほぼ参加している状態です。

例のごとくBのそばへ行き、彼が忘れたという合唱の楽譜を貸し、
横で今どこを歌っているのかをガイドしながら一緒に歌いました。

その間もほぼ無表情で、やや上の空。

かといって他の児童に話しかけて授業を妨害してしまうこともない、
という授業態度でした。

地道に、諦めずに関わっていくと、少しずつ心を開いてくれたのか、
小さな声で歌ってくれるようになりました。

それを褒める(というより、一緒に喜ぶ)と、
照れくさそうにしながらも、その後も歌い続けてくれました。

ある日、私がうっかり職員室に楽譜を忘れてきてしまったことがありました。

その日も私はサブだったので、授業の進行そのものに支障はありませんでした。

いつも通りBの隣へ行き、
歌うことを促したのですが、反応が芳しくありません。

「あらら、楽譜があるって、この子にとって結構重要だったのか。」

そう反省しました。

また、掃除の時間に音楽室へ向かう道中でBに出会いました。
Bは同級生を壁に押し付け、喧嘩の真っ最中でした。

僕が嗜めると、
「今ね、こいつが調子乗ってるから、殺してあげるの!」
と笑って叫びました。

騒ぎを聞きつけ担任教員がやってきたところで、僕はその場を後にしました。

……後々知ったことなのですが、
AとBは姉弟だそうです。

家庭にはネグレクトが疑われるような事情があると聞きました。

道理で持ち物が揃わなかったり、ボロボロだったりするわけです。

Aに至っては、一年生の頃は誰彼構わず、
異性だろうが何だろうが抱きついてきたそうです。

(これってもしかして、愛着障害?)

そう思って、心が少しザワザワしました。

もちろん、その場で何かを判断できる立場ではありません。
ただ、その言葉が頭をよぎったことで、
AやBが見せていた行動の一つひとつが、少し違って見え始めました。

そうやって改めて考えると、なんだかとても切なくなってきました。

二人は今でも、誰かの気を引こうと、二人なりに必死なのです。

「むずせえ」

東北の方言で、
「かわいそう」と「かわいい」が混ざったような意味を持つ言葉だそうです。

まさに、むずせえことこの上ありません。

彼らが愛着を求めていて、
もし適切なアタッチメントが少しでも彼らを癒やすのであれば。

音楽の時間くらいしか協力できないけれど、
適切なアタッチメントをもって、これからも彼らと向き合っていきたいと思いました。

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